4/9より「黒く塗れ!」展開催!

注目

2021年4月9日(金)から11日(日)の3日間,名古屋市民ギャラリー栄にて,大浦信行の「遠近を抱えて Part II」と,この作品に手を加えた名古屋市の表現スタイルをモチーフとした,「黒く塗れ! -名古屋市の技法による-」展を開催します。会場では,観客の皆さんにも,実際に「黒く塗る」行為を体験していただけます。また,会場からの生配信も計画中です。

★タイトル:
黒く塗れ! -名古屋市の技法による-

★期日:
2021年4月9日(金)~11日(日) 11時~17時(11日のみ12時開場)

★会場:
名古屋市市民ギャラリー栄
名古屋市中区栄四丁目1番8号 中区役所平和不動産共同ビル7階
TEL 052-265-0461 FAX 052-265-0449
アクセス https://www.bunka758.or.jp/scd18_access.html
地下鉄東山線・名城線「栄」下車 12番出口東へ徒歩1分
市バス「栄」下車 徒歩5分

★協力:
大浦信行・art4all・Art in Opposition

★詳細情報:
http://www.artstrike.info/

★問合せ:
jun@artstrike.info

【「黒く塗れ!」展について】
 名古屋市は,あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」に関して,河村名古屋市長から大村愛知県知事に対して提示された公開質問状を,2019年9月20日に同市のウェブサイトで公開した(PDF形式)。

あいちトリエンナーレ2019にかかる愛知県知事への公開質問状について(名古屋市2019年9月20日)
https://www.city.nagoya.jp/kankobunkakoryu/page/0000121114.html

 この公開質問状は,大浦信行の作品「遠近を抱えて Part II」について,『昭和天皇の肖像写真を、意図的にバーナーで燃やした上で、その灰を靴で踏みつける動画作品』で,『天皇の肖像写真を明らかに冒とく・陵辱する暴力的なモチーフの作品』と説明した。そして,作品の具体的な場面について,当時,YouTubeで公開されていた動画から静止画を切り取り,その画像2点を掲載している(引用元の動画は,公開質問状にYouTubeの共有URLが示されているが,2021年の現時点では,著作権侵害の申し立てがあったという理由で削除されており確認できない)。

 ただし,その2点の画像のうち,昭和天皇の肖像写真を含んだ印刷物が『バーナーで燃やされる』と注釈をつけた画像では,わざわざ天皇の姿が黒く上塗りされており,『(肖像部分黒塗り)』と説明がある。これは一体どういうことなのか。公開質問状は,天皇の肖像写真を燃やす行為について,強烈な嫌悪を示しているにもかかわらず,その同じ文書の中で,自ら,昭和天皇の肖像を黒く塗りつぶすという表現を行っている。焼却するのは冒とくだが,黒塗りはそうではないのか。

 一方,私は,1994年に川崎市市民ミュージアムで開催された「ファミリー・オン・ネットワーク」展において,天皇と皇族の肖像に目線(目隠し線)をほどこした画像を制作して検閲にあったが,それでは,目だけではなく肖像全体を黒く塗りつぶしていたら,検閲を回避はできたというのか。

富士ゼロックス事件(artscape アートワード現代美術用語辞典 1.0 執筆者:暮沢剛巳)
https://artscape.jp/dictionary/modern/1198657_1637.html

 にわかに理解不可能なこの表現形態について,実際に,昭和天皇の肖像を黒く塗りつぶす行為を実践することで,解き明かしてみようと思う。皆さんも一緒に,天皇の肖像を黒く塗って考えてほしい。

 なお,公開質問状は,『公共施設で展示する「芸術」の範疇』を問うていることから,その主体である名古屋市の公共施設「市民ギャラリー栄」において,当の公開質問状の持つ意味について考える本展覧会を開催することにした。

大榎 淳

4/11午後2時「黒く塗れ!」トークライブ配信

日時:2021年4月11日14時より
URL :[https://youtu.be/RrUoeme3_cQ]

名古屋市民ギャラリー栄で開催中の「黒く塗れ! -名古屋市の技法による-」展の最終日は,art4all(小倉利丸,八鍬瑞子,井口大介,大榎淳ほか)によるトークライブを,会場とテレビ会議を結んでライブ配信(YouTubeライブ)します。

日時は,4/11(日)14時から15時(延長の可能性あり)で,13時半ごろから,このページにライブ配信へのリンク(URL)を掲示します。

トークライブでは,「黒く塗れ!」展の紹介とともに,すでに,この展覧会自体が戦いの場である状況を踏まえ,表現の自由をめぐって考えます。

トークライブ:https://youtu.be/RrUoeme3_cQ

The gallery is a battlefield.

なんだ,お前はバーバラ・クルーガー(もどき)か?

いや,聞いてください。
3/30から4/4の会期で利用申請したはずが,なぜか,4/9から4/11の3日間で開催しているこの展覧会。

開催直前になって,使用許可時には条件ではなかった観客の写真撮影禁止を言い出し,当初から企画の柱の一つとして計画し,ギャラリー側に説明していた配信についても制限を加えてきたのです。

これに,反論したところ,さらに,ギャラリー側は「展覧会を運営するうえでの安全管理のために当館から依頼した事項は、写真撮影やライブ配信日時に関する制限を含め、いずれも表現の自由への干渉にはあたらない旨、弁護士の見解を確認済です」と,またまた反論してきました。

しかし,これは,どこの誰だか分からない弁護士の展覧会ではないのです。
表現に干渉しているかどうかの判断を,表現している側ではなく,第三者が下すことができるとは,どういう理屈なのでしょう。
まったく,理解できません。

今回のライブ配信は,感染症対策が求められる状況下での,ギャラリー利用の一つの試みとして考えてきました。
また,会場内での写真撮影は,自由な鑑賞形態の一つで,観客の権利です。

これらを制限するのが「表現の自由への干渉にはあたらない」と決定できる弁護士とは,いったいナニサマですか!?

「黒く塗れ!」展スタート

黒く塗れ! -名古屋市の技法による-」展が,名古屋市民ギャラリー栄で,4/11(日)までの日程で始まりました。会場には,黒く塗る「ぬりえコーナー」があって,観客が自由に黒塗りを体験しています。会場からのライブ配信もあり,市民ギャラリー栄の外の,様々な場所で,この展覧会を「鑑賞」できます。

「遠近を抱えて」について

 大浦信行の「遠近を抱えて」は,コラージュの手法で制作された10点の版画シリーズだ。以下は,富山県立近代美術館問題を考える会編『富山県立近代美術館問題・全記録ー裁かれた天皇コラージュ』(桂書房)からのやや長い引用で,この作品が,「86富山の美術」に公開された当時の様子を紹介している部分である。

【… 大浦はこの作品の原型になる一連の作品をニューヨークで荒川修作のアシスタントをつとめていた時代に制作している。その後,帰国して東京銀座のギャラリー山口での個展などで展示していた。大浦は,この作品について,図録『86富山の美術』のなかで次のように語っている。

 遠近を抱えて—幻想と現実の葛藤が織りなすモンタージュされた世界は,現代社会の多様な価値を混乱させ,そこにアナーキーでニヒリスティックな世界を生み出すことだろう。それは向うの眼の世界,云ってみれば墓場の光景と僕のこ内臓の風景でもあるのだ。遠近をこの肩にヨイショと抱えあげてみるのもたまには新鮮なものだ。」

 また展覧会の会期中に開かれた公開シンポジウム(三月一五日)のパネラーに招待された大浦は,自らの作家としてのモチーフを次のように語っている。

 「僕の場合,縄文人が持っていたもっとも根源的エネルギーやまだ形になりかねないものでユング(心理学者)のいう潜在意識のような人類の遺産としての原形のイメージを現代のコトバで表現したい。そのテーマを持っているぼくはまぎれもない日本人であり,もとをただせば北陸の富山であり,どんなにしたってアジアの表現であろう。が,民族回帰ではなく,アメリカ人もヨーロッパ人にもある人類の共通の遺産として無意識的に持っているのが,原形じゃないかなと思う」(『富山新聞』八六年三月二六日)

 二回にわたって『富山新聞』に掲載されたシンポジウムでは,芸術におけるローカル,ナショナル,インタナショナルの相互の関わりがひとつの重要なテーマとして取り上げられ,参加者たち(出品者からは,大浦のほかに,堀浩哉,岩城信熹が出席し,その他,詩人で選定委員の林昭博が出席した)にとって,現代美術が欧米追随ではなく,しかもなお日本のナショナリズムにとらわれない方法への模索が必要だという問題が提起されていた。大浦がここで「縄文」というモチーフを持ち出してきているのも,ナショナルなものに回収されず同時に西欧的な普遍性とも異なるが,しかしある種の普遍的なものの可能性を探ろうとする一つの試みであると解釈できる。

 こうした展覧会当初の作品をめぐる状況からわかるように,「遠近を抱えて」はきわめて正当に作品として評価され,コラージュ作品の命でもある既存の価値観にたいしてある種の混乱を挿入するという効果を十分に発揮できた作品として少なくとも関係者たちの間では高く評価されていたとみていい。

 しかも,右に見たように,大浦は主催者からシンポジウムのパネラーとして招待されている。三〇名の招待作家のなかから初出品の大浦がパネラーとして選ばれたということは,その作品や作家の制作モチーフにたいして美術館や主催者が高い期待を抱いていたからに違いない。

 このように,作品の選定,購入,展覧会の開催とそれに関連する行事や新聞報道など,展覧会当時に関してはまったく何一つ問題といえるようなことは起きていないのである。裁判で証人となった当時の副館長,久泉迪夫は,作品選定の過程で問題が指摘されたことはなかったし,展覧会の会期中にクレームもなかったこと,会期中に行われたアンケートでも作品へのクレームはなかったと明言した。展覧会の会期中のこの静穏な状況と,誰一人として大浦の「遠近を抱えて」を特別な眼でみることのなかった状況…】

 「静穏な状況」については,「86富山の美術」の担当学芸員である島敦彦も,あいちトリエンナーレ2019の企画「表現の不自由展・その後」と「86富山の美術」との比較の中で,「会期中は特にクレームもなく、大浦作品の収蔵を検討する委員会でも了承された」として,同じ作品をめぐり,2つの展覧会における違いを述べている。

富山県立近代美術館問題を巡る声明文と要望書  島敦彦(美術評論家連盟 2019年11月23日)
https://www.aicajapan.com/ja/no20shima/
※「表現の不自由展・その後」と「86富山の美術」との比較は,最後の部分に書かれている。

 もちろん,あいちトリエンナーレ2019で『表現の不自由展・その後』展が公開されて以降の事態も同様なのだが,「状況は,その後一変する」のである。この「遠近を抱えて」は,2009年の「アトミックサンシャインの中へ in 沖縄 ─ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」(沖縄県立美術館)でも検閲を受け展示拒否された。これは,一体どういうことなのか。

 あるいは,「一変した」以降の現在に至る状況を,2015年の『シャルリー・エブド襲撃事件』と比較して考えてみてはどうだろうか。

 また,「日本のナショナリズムにとらわれない方法への模索」という,86年のシンポジウムでの議論は,大浦だけではなく,その場にいたパネリストに共有されたものだったと推測するが,このような考えは,今,現在どうなっているのか。

 多くの人々が,富山県立近代美術館で「遠近を抱えて」が公開された当時の「静穏な状況」を共有していないと思われるので,さらに,考えるために前提となる材料を記しておくが,いったん収蔵したこの版画を,どこの誰だかわからない人物に売り払い,かつ,この作品が掲載された図録を焼き払ったのは富山県立近代美術館であり,次いで,富山県立図書館で公開されていた同図録を破り捨てたのは,富山県在住の神職だった(天皇の肖像を巧妙に破損しなかったかは不明だが,図録を破壊したのは確かだ)。

 そして,今回,「遠近を抱えて」の中に登場する昭和天皇の肖像を黒塗りして一般公開したのは,名古屋市なのである。もっとも,王室の肖像に手を加えるのは,英国のパンクバンド「セックス・ピストルズ」の楽曲「God Save the Queen」のレコードジャケットに似て,なんともパンクで素敵だ。

「黒く塗れ!」制作進行中!!

4月9日(金)から4月11日(日)の会期で、名古屋市民ギャラリー栄で開催予定の「黒く塗れ! ー名古屋市の技法によるー」は、名古屋市が行った昭和天皇の肖像を黒塗りする行為を、我々の手で実践する試みだ。

art4allとArt in Oppositionのアーティストによって、黒く塗る作業は、順調に進行中だ。

なお、展覧会の詳細は、このartstrike.infonのサイトで。